九州ドライブ0日目

僕は遠くに行こうと思っていた。北海道にも四国にも山口にも行ったことがあったが、関門海峡を自ら渡ったことはなかった。端っこが大好きな人間にとって、九州は憧れの地だった。ただ、自宅から九州の玄関口である門司の間に横たわる1,000km超の道のり、そして越えなければならない渋滞の三極(阪神、名阪、静岡〜東京)のことを考えると、常に及び腰だった。九州に行くという考えは、可能であるにもかかわらず実現困難な現実、つまり夢想に等しいものとして認識されていた。少なくとも、一週間以上の休みが必要だということはわかっていた。そして、さらには暑い時期を外さなければならない(貧乏旅行につきものの車中泊ができないので)という条件が加わる。それらを勘案すれば、ゴールデンウィークしかありえないのだが、実際問題この時期は仕事の都合上、カレンダー以上の休みは難しかった。が、今年は休んだ。目も当てられないほどの失敗を繰り返しながら突っ走ってきた4月を何とかしのいだご褒美として、僕は強引に5/2を休むことにしたのだ。これで、4/29から5/5までの一週間が休みになる。行くしかない。僕は迷わなかった。高速1,000円も終りが見えてきた。今をおいて、時期はない。
そしてさらに言うなら、僕には一つの観念があった。それはあの震災の日からずっと考えていたことだった。自分の周りにはありとあらゆる光景が溢れている。それらに対して、僕は常に辿りつく可能性を持っている。ただ、何だかんだと理由をつけて、「今は行かない」だけだ。それは「いつでもいけるから」だ。しかし、世界のすべてが常に同じ姿をとどめているわけではない。世界が昨日と同じ姿であるということは、それだけで僥倖なのだ。「いつでもいける」のならば、今行くべきだ。機会を逃してはいけない。僕はそうやって自分を説得した。ツーリングマップル九州を丸善本店で購入し、全ページをチェックして、行きたい場所はとりあえずページの耳をおる。金を下ろす。着替を用意して、鞄に詰め込む。旅慣れたものだと僕は思った。走るだけだ。旅そのものに不安はなかった。そう、最初からそうだったのだ。やるかやらないか、たったそれだけのことだったと僕は今更に認識した。