逃げちゃだめだ、と碇シンジは言う。
たしかにそのとおりだ、と僕はずっと思っていた。逃げたらそれが終わってしまう。そして、敗北感が心に刻まれる。
その場にい続けたいのであれば、逃げることは選ぶべきではない。
でも、最近僕はずっと続く仕事上のトラブルから逃げ出したくてたまらない。
終りが見えない。他者と他社とのエゴのぶつかり合い。過去の取り返しのつかないミス。自分自身のつまらない見落とし。
時が過ぎればすぎるほど、物事は硬直化していき、複雑化していき、解決し得ないようにすら思えてしまう。
ふと思う。僕はこの煩わしさから逃げ出したい、と。明日が来なければいい。なんとか終えた今日という日の夜がしばらく続いてくれれば。
朝日が昇ると、僕を悩ます電話が鳴る。メールは問答無用でやってくる。ああ、とため息をつく。
逃げ出したい。逃げてもいいのではないか? 誰も咎めやしないだろう。
僕のような人間が会社からトンズラしたところで、誰も何も言わないだろう。まあ、やっぱりあいつは使えなかったねくらいは言われるかもしれない。
でも、逃げられない。
僕はもうどこにもいけないのだ。僕の勇気のなさが、僕をどこにもいけない、小さな存在にしている。
大きな海に飛び出すには、安穏と過ごしすぎた。
だから、僕は白痴のように酒を飲み、記憶を失い、受動的に朝を迎え、始業の時間に打ちのめされる。
こんな姿勢では「いい仕事」とやらができるはずがないと知りながら。
それでも、なんとか物事を進めたいと願って、僕は今日も生きている。
この仕事に、己を賭す価値はないということを自覚しながら、僕は心をすり減らし、髪の毛に白髪を増やしている。
中学生の僕が、今の僕を見たらこう言うだろう。まさに人生だね、と。
それを聞いた僕は、たしかにそうだと笑うだろう。取るに足らない、人生だよ。