「ベルカ、吠えないのか?」古川日出男/文藝春秋

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)

★★★
構想だけなら★4つ半くらいは、という感じなのだけれども、語りの部分がいただけないので減点。
近現代史をベースにして、横溢する想像力を持って歴史を新しく創造する小説というのは、エリクソンパワーズなんかを想起させる感じであるものの、結局それはテーマ史に過ぎず、現実の歴史に対してはたいしたカウンターを喰らわせられていないという点において、非常に不満が残るところ。けれども、戦後の米ソ体制を絡めた上で、犬の歴史を縦横無尽に編んで魅せたところには、素直に感心しました。えらそうだけど。ただし、結局は捏造された歴史、フィクションなのだという逃げをうったのは余計だし、理解されえないことに対するシニカルさをあからさまにした時点で真摯さを放棄したんじゃないかという気がしたのは僕だけだろうか。
肝心な点に移る。いや、前段のことも肝心ではあるが。
最初に語りがいただけない、と書いた。語りの節操のなさは腰の落ち着かない感じを抱かせる。語り手は二人称的に犬に語りかけるわ、犬の気持ちを代弁して見せるわ(でも結局それは語り手の都合を犬を通して語らせたに過ぎない)、得意気で性急な語りに一人称を混ぜて見せたり……。まあそれらはすべて意図的にやっているのだろうが、その意図のために、僕はこの小説をあまり好きになれない。一番最初に「ボリス・エリツィンに捧げる。俺はあんたの秘密を知っている」と献辞(と古川は語る)を捧げ、文庫版で追加された後書きでは「わたしがこの本を捧げた人物は2007年の四月に逝った。これもまた現代史だ。(改行) なあボリス、お前のことだよ」と書き記してしまうこの厚かましさは何なのだろう。ここを読んだとき、一瞬にして不愉快になった。「この気持ちの悪さこそ、このスカした感じこそ、古川日出男なんですよ」と言われたらまあそれまでなんですが。あまり覚えてないけれども、「アラビアの夜の種族」の文体はウザったくなかったのに。「沈黙」と「アビシニアン」はどうしようもなかったけれど。グルーヴ感があるとか、ロックだとかどうたらと言われているっぽい作者の文体だが、この小説には即さない文体であった気がする。
あとわからなかったのは、ストレルカはなんで出てきたの?ということ。犬の系譜に宿命付けられた人間ばかり出てきた中で、系譜の接続には物語上寄与しておらず、必然性が全くなかったように感じられた。おかげで日本ヤクザ絡みの語りはストレルカ含め、物語からは滑稽で浮いているように思われた。