「夜はやさし」スコット・フィッツジェラルド/集英社

夜はやさし

夜はやさし

★★★★
昔、角川文庫か世界文学全集か何かに入っているのを読んだことがあったような気がする。そのときの印象としては、つまらなくはないけれど……、というところで、「グレートギャツビー」はもちろん、「Babylon Revisited」や「The Ice Palace」とは比較にならない、というレベルだった。それがまあ、今回の新訳を読んでみてびっくりしたというか、驚いたというか……。無論、読み手の人生が経年したことによる変化もあるだろうけれど、面白かった。面白かったというとあまり適切ではないのだが、ディック・ダイヴァーという人間の心情がするすると飲み込めた上に、身体に違和感なく馴染んだ。
もらえるものはもらうけれど、あげるものはなにもないわ。そんな人間がディックの周りにはたくさんいて、彼はそういう連中に優しさを振りまいてきた。その場を和ませる機知に富んだ会話や、空気を読んだ場の制御……。彼は自分のみならず、自分の周囲を丸ごと支配してきた人間だったが、ひとたびそれが崩れてしまうと、彼は孤独に陥る。彼がもてはやされ、好かれていた部分というのは、結局は「相手にとって、自分のためにしてくれていたこと」でしかなかった。最愛のニコルですらそうであったことに彼は気づき、静かに退場する。ボロ雑巾のようになった彼を見守ってくれるような、そんな人は彼の周りにはいなかったのだ。哀切のこもった描写が、彼の孤独を一層深める。