「迷宮の将軍」ガルシア=マルケス/新潮社

迷宮の将軍

迷宮の将軍

★★★★
(星四つ半でもいいんだけれども、他のマルケス小説との差異が出にくくなるので)
タイトルの将軍はシモン・ボリバルのこと。彼は偉大な人間であるけれども、その思想は仲間やライバルや民衆には理解されなかった。つまり一つの国家としての南アメリカであり、または大コロンビアのことだ。彼は確かに物語の始まる数年前までは大成功を収め、名声も威光も絶頂であっただろうが、その彼の名声や威光を是認していた人々と彼に反発する人々にからは等しく理解されなかった。だから、彼が成し遂げたかった事業のために、あれこれと指図や配慮をしても人々はその意の通りには動かなかったし、彼に期待される行動というのも彼が望むそれとは違うものだった。将軍は栄光の中でだんだんと形骸化していく己自身を認めながらも、時折それに抗おうとする。そんな苦闘と苦悶の連続を描いた物語。そうして最期の時を迎え、将軍は気がついたかのように嘆息する。
マルケスにしては、ユーモアが若干欠けてしまっていると思われるものの、歴史小説と物語小説の境目を限りなく薄めたものだと捉えられるし、それにしたって面白い。ただしマルケスを読んだことのない人ならば、「予告された殺人の記録」を優先するべきだろう(手に入るのなら「族長の秋」、時間的余裕があるならもちろん「百年の孤独」を)。

 これまで数々の不幸、災厄に見舞われながらも、夢を捨てずに狂ったように駆け続けてきた。だが、とうとう今、最終のゴールにたどりついたのだ、目のくらむようなその啓示を受けて思わず体を震わせた。あとに残されたのは闇だけだった。
「くそっ」と溜息まじりに言った。「いったいどうすればこの迷宮から抜け出せるんだ!」

このシーンを迎えたとき、ぞくぞくっときた。将軍に肩入れしながら読んでいると、視点が将軍寄りになってしまうので気がつかないが、確かに将軍はさまよっていたのだ。はっと気づかされる(もしくは前後して気づく)。

「私どもはつねに貧しい暮らしをしてきましたが、困ったことなど一度もありませんでした」
「いや、その逆だ」と将軍が彼に言った。「いつも裕福だったが、余分なものはなにひとつつなかったんだ」

一番好きなセリフ。