「説きふせられて」ジェイン・オースティン/岩波書店

説きふせられて (岩波文庫)

説きふせられて (岩波文庫)

オースティンで一番面白いと思った。最高の小説。これは絶対に読むべし。
オースティンの小説のテーマは「分別」である。主人公の女性は必ずその「分別」を備えており、分別を備えた素晴らしい人間性がいかにしても報われるかを描いたものである。そこには人生への懊悩や、真実の探求などと言ったテーマは皆無で、オースティンの小説は全て彼女の規範から逸脱しないため、ともすると紋切り型の印象を免れ得ない。しかし、オースティンの小説は「心情の揺れ動き」と「人間」の描写において凡百の小説家では敵わないほどの構成力を持つため、素晴らしい。
本作においてオースティンは、「分別と多感」「エマ」マンスフィールド・パーク」などのように登場人物の欠点や偏執を過度に強調した人物造型をおこなっていないように思われる(アンの父親と姉については別であるが)。むしろ角を強調することをやめて、人間の多角的描写へと軸足をずらしたような感もある。そのことにより、「分別」を持った主人公であるアンの心の動きは味わい深く描写されることになる。
オースティンは「分別」や「誠実」さを信奉しており、「虚飾」や「見栄」、「不実」を悪徳とする。確かに一般道徳としてはそれは間違いではないのだが、そのことを所与のものとして疑いを入れない。そして身分相応の相手と恋愛結婚をすることが幸せであることについても疑いを入れない。本作においてもそれは同様なのだが、全体を貫く落ち着いた描写からは、オースティン自身の規範を乗り越えて人間自身を深く見つめようという兆しを感じた(でもそれやったらヴァージニア・ウルフっぽくなるのかも)。