「須賀敦子全集」(1) 須賀敦子/河出書房新社

須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)

須賀敦子全集 第1巻 (河出文庫)

須賀敦子入門編にうってつけの一冊。文庫になってお求め安くなりました。さらっと読めるのに、ずっと心の中に残っているような文章。軽やかなのに、ぐっと迫ってくるような質感。この人の文章というのは、まさしく文「芸」だと思う。「コルシア書店の仲間たち」は何回読んでも泣ける。

コルシア・デイ・セルヴィ書店をめぐって、私たちは、ともするとそれを自分たちが求めている世界そのものであるかのように、あれこれと理想を思い描いた。そのことについては、書店をはじめたダヴィデも、彼を取りまいていた仲間たちも、ほぼおなじだったと思う。それぞれの心のなかにある書店が微妙に違っているのを、若い私たちは無視して、いちずに前進しようとした。その相違が、人間のだれもが、究極においては生きなければならない孤独と隣あわせで、人それぞれ自分自身の孤独を確立しないかぎり、人生は始まらないということを、すくなくとも私は、ながいこと理解できないでいた。
若い日に思い描いたコルシア・デイ・セルヴィ書店を徐々に失うことによって、私たちはすこしずつ、孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野でないことを知ったように思う。
pp.374