日陰の雪のような

車と車の間、陰になった場所に雪が残っているのを見ると、なぜか少しだけ安心した。橋を渡らなければならない、という状況が近づいてくるにしたがって、僕の中で漠とした不安が形をゆっくりと現してきて、よりいっそうの不安を掻き立てる。生きていると面倒なことばかりでうんざりする。いいことなんてあんまりない。生きる理由を考えるほどに暇ではなく、働く理由を考えられるほどに心にゆとりがあるわけでもない。就職という二年近くに及んだ実験も、結局のところ失敗だったんだろうか、と考えると、結果がわかっていたにも拘らず、憂鬱な気分に陥る。自分がしてきた行為について、色々と言い訳をすることはできるし、まあ実際いくつかにおいては言い訳をすることで、自分を安心させてきたのだけれども、どうにもこうにも言い訳を述べることにすら疲れを覚え始めている。その領域で他人に認められたくて生きているわけではないのに、他人から落第の印を受ける気がしてしまうとひどく嫌な気分になる、というのは欲張りすぎるのだ。ということは、一番面倒なのは、自分自身なのだ。
貶され、嫌われ、傷つけられ、「そうだ」と感じる気持ちは、ひどく臆病で御しがたい。あまりに臆病な自分自身が「立っている」ことに違和感を覚えつつ、今日も夜を越えて朝へたどり着き、そしてまた夜へと歩き出す。