「移民たち」W・G・ゼーバルト/白水社

移民たち (ゼーバルト・コレクション)

移民たち (ゼーバルト・コレクション)

ゼーバルト・コレクションの第一回配本。
三章の「アンブロース・アーデルヴァルト」で「日本では水上楼閣に住んだ」という趣旨の記述とともに、金閣寺の写真が載せられている。このことは再三、この本を読んだ人間が言っているとおりに、「書くことの胡散臭さ」を私たち日本人のバックグラウンドをもってして、イギリスに住むドイツ人であるゼーバルトの文章から感じることができるポイントだ。作中の表題になっている四人の人物に関する情報は一方的な提示に過ぎない。語りの視点を持った人物は、最後まで対象に同化しない。つまりは、それが本当であるのか、ということは最後まで不明のまま終わる。どうしてその時にそのような行動をとったのか、ということも、不明のまま終わる。事実が、いや、事実として提示された出来事が、そのまま載っているに過ぎない。そして、語っている人間もまたこの虚構性を意識している。書くということは、当然ながら、書いたことが真実であるということを保証しない。作中の語り手は自分の書いたものに対する疑義を認めている。すなわち、さらに高次の語り手であるゼーバルト自身もまた、この「移民たち」という「書かれたもの」に対する疑義を認め、それでもなお、故郷を遠くはなれて異国に住む人間の生を浮かび上がらせようとしているのだろう。