あげられるものはもうなんにもないのだよ、レティシャ。

さむけ (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-4)

さむけ (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-4)

「蜘蛛の濡れた足のようなものがわたしのうなじを走り、一瞬、髪の毛が逆立った」あと、僕は乏しい推理を働かせてみたものの、結局のところそれはアウトだった(そのすぐ後のシーンでそれはすぐに間違いだとわかるんだけれども)。といういきさつから、僕はこの小説のラストで二回驚かされた。
リュウ・アーチャーは達観しすぎていて、夢だとか希望だとかというそういった感情たちをどこかに置き去りにしてきてしまったような、そんな気さえさせる探偵だった。フィリップ・マーロウの朗々とした明るさとは対照的だなと思う。アーチャーは諦観をもって人間を見つめ、事実を受け容れて手際よく(よくないかもしれないけれど)整理していく。「ある種の人間は、自分がこの世に生まれてきた罪をつぐなうだけで生涯を費やしてしまうものである」というのは一例だが、こういった諦めが随所に差し込まれ、作中に出てくる人々の悲しみと影が浮き彫りになっていく過程は実に素晴らしかった。